episode 1
この不安はどこから来るの?

「ねえ、〆パフェして帰ろうよ」
 杏子の結婚式の帰り道。悪魔のようにささやく桃子に
「いいねー!パフェは別腹だもんね!」と椿が食いついた。
 食いしん坊な杏子らしく、星付きのフレンチレストランを貸し切った贅沢なパーティーだった。一皿ごとにため息が出るほどおいしいディナーをデザートまで堪能したというのに〆パフェ。(いかんいかん!楓よ、先週からダイエットを始めたばかりじゃないか!)(いやいや、もうフルコースを食べちゃったんだよ?今さら我慢しても無駄無駄。食べようよ〜)私の中でせめぎ合う“善良な楓”と“邪悪な楓”。だが最初から勝負はついていた。気がつけば女3人、インスタ映えなパフェを前にしてスマホで写真を撮っているのだった。

「もういいや、ダイエットは明日から!ほうじ茶ジェラート最高〜」
「今日は杏子のめでたい門出の日なんだから、ダイエットなんてセコいこと言うんじゃないの。桃子、そっちのカシスソルベ一口いい?」
「どーぞどーぞ。まあ楓の気持ちもわかるよ。20代の頃は好きなだけ食べてもすぐに体重を戻せたのに、30代に入ってからほんと痩せなくなったわ」
「だよねー。体だけじゃなく気持ちも変化してきた気がする。20代の頃は怖いものなんてない気がしていたけど、時々得体の知れない不安がうわーっと押し寄せてくるんだ。このまま一生独身なのかな、もし独身だったら生活はどうなるのかな、今の職場でずっと働けるのかな……なんて、考えすぎかな?」
 ワインの酔いが残っていたせいか、気の置けないふたりの前で思わず本音を漏らしてしまった私。笑い飛ばされるかと思ったけれど、椿が神妙な顔でうなずいた。
「うちの会社は女性営業職が少ないから私もオス化してバリバリ働いてきたけど、いつまでこうやって働けるんだろうって時々不安になるよ。もし結婚して子どもが生まれたりしたら、積み上げたキャリアはどうなるんだろう?そもそも今の職場で結婚につながる出会いがあるのか?なんていろいろ考えてると眠れなくなっちゃう。桃子が会社を辞めてフリーランスになった時は勇気あるなぁって感心したよ」
 トッピングのアーモンドチュイールをパリパリと噛み砕き、桃子が激しく首を振った。
「職場の制約を受けずに好きな仕事をしたくて独立したけど、会社員と違って定収入も有給休暇もないからね。もし病気になったらと思うと不安だよ。杏子みたいに結婚して安定した生活を築くことも考えるけど、今の彼は6つ年下でまだ結婚なんて考えてないみたいだし」

 それ、すごくよくわかる。私も学生時代から付き合っていた彼が東京勤務になった時、「俺について来い」と言ってくれるのを期待していたけれど、当時の彼には私の人生を受け止めるだけの度量も覚悟も備わっていなかった。それからしばらく遠距離恋愛が続き、向こうが「そろそろ結婚しようか」と言った時には私の方が仕事が面白くなっていて、この街を離れる気も彼と結婚する気も失せていた。以来「プロポーズのタイミングも相性のうち」が私の持論だ。
「アラサー女子って何かしらの不安を抱えているものなんだね。職場だとこういう話をできる相手がいないから、みんなも同じなんだと知って少しほっとしたよ」
 完食したパフェグラスにスプーンをカランと落として椿が言った。私も桃子も同じ気持ちだった。この不安がどこから来るのか、どうすれば安心できるのか。今はわからないけど、見ないふりをしていた得体の知れない不安と向き合っただけでも小さな一歩なんじゃないだろうか。
「じゃあ、〆に“泡”で乾杯しますか!」
 桃子がメニューを開くと同時に椿が手を上げてスタッフを呼んだ。
「チーズ盛り合わせも追加!」
 ……明日は体重計に乗るのをやめよう。
その時、3人同時にLINEが届いた。
[みんな今日はほんとにありがとう!新居が片付いたらパーティーするから来てね]
[おいしいものとワインをたくさん用意しとくから!]
……始めたばかりのダイエットアプリ、削除しようかな……。

to be continued...
to be continued...
HATAJO WEB小説
角を曲がれば

backnumber

北海道新聞社営業局 Tel.011-210-5697