episode 5
わたし、まだまだ輝ける

「ああショックだわ、エクオールが作れていない事実を突きつけられるなんて」
ビールジョッキをどんとテーブルに置いて私はため息をついた。「HATAJOのための健康ラボ」に参加したあとに寄り道した居酒屋は、まだ16時だというのに早くも賑わっている。
更年期症状が気になる美果と百合子、茜と私は「HATAJOのための健康ラボ」に応募し、エクオールが作れる体質かどうかを調べる「ソイチェック」を受けた。エクオールは大豆イソフラボンが腸内細菌によって変換される成分で、女性ホルモンに似た働きをすることで美容と健康に有用に働くと言われている。ソイチェックの判定結果は5段階に分かれていて、レベル3〜5はエクオールが作れている体質、レベル1〜2は作れていない体質という判定だ。ラボでは女性の健康に関する講演が行われたのち、ソイチェックの測定結果が各自に渡された。会場のあちこちで落胆と安堵の声が入り混じる中、まるで通知表を受け取るようにこわごわと中を覗き込んだ私は……がっくりと肩を落とした。そこには「レベル1」の表示があった。
「まあ最近は更年期症状が気になっていたから、薄々感じてはいたけど……」
落ち込む私を慰めるように美果が肩を寄せてきた。
「私もレベル1仲間だよ。私の場合は離婚するまでアメリカ暮らしが長かったし、今の彼もドイツ人で、大豆料理なんてずいぶん食べていないから仕方ないかな。茜はどうだった?」
「私はレベル2。前からけっこう味噌汁や納豆を食べていたのに、ちょっとがっかりだよ。百合子は?」

 茜が串カツに手を伸ばしながら言う。
「私は……レベル3と4の間だった」
「えっ!」
ぼやき組3人の手が止まった。
「更年期世代でその数字ってすごくない?」
「そういえば百合子って肌きれいだよね」
「若い頃から何か対策してきたの?」
口々に尋ねる私たち。百合子は困った顔でうーんと考え込んだ。
「特別なことはしてないんだけど……ラボでエクオールの話を聞いていて、思い当たることがあったんだよね。私は田舎育ちで、小さい頃は曽祖母と祖父母が一緒に暮らす四世代家族だったの。だから食事は地味な和食ばかりで、豆腐の味噌汁にぬか漬け、油揚げと野菜の煮物なんてしょっちゅうで、早く都会に出ておしゃれな洋食を思いきり食べたいと思ってたわ」
昔を思い出したのか、百合子は懐かしそうに話し続けた。
「夫と付き合い始めた時もおしゃれなフレンチやイタリアンに連れてってもらって、子どもの頃の食べ物の恨みを晴らした気分だったわよ。ところがいざ結婚してみると、実は夫も田舎育ちで『小洒落た店で気を使うより家でご飯と味噌汁が食べたい』という人で、結局食べ慣れた地味メシに戻っていったわけ。私のエクオール値が高かったのは、長年の食生活が関係あるかもしれないね」
「そういえばラボで言ってたね、小さい頃の食習慣が腸内環境を形づくるって。ああ、40年前に気づいていればなぁ」
美果がため息をついた。
「今からだって遅くないよ。ラボでも言ってたじゃない、毎日大豆を食べ続けて腸内環境を整えることが大事だって」
茜が美果を励ますように言った。
「そうだよ、それにエクオールを作れなくてもサプリメントで補う手もあるって言ってたし!」
私も重ねて言った。美果を励ますというより、自分に言い聞かせるために。
「美果、こないだ言ってくれたよね。更年期は人生のモジュレーション。転調が音楽に深みをもたらすように、更年期の変化を上手に受け止めればその先の人生に深みが増すはずだって」
「へへ、カッコいいこと言っちゃったね。モジュレーションのあと、メロディやリズムがどう変わるかが大事なのよね。よし、これ飲んだら薬局に寄ってエクオールのサプリメントをチェックしてみる?」
 美果の言葉に私たちは「さんせーい!」と声をそろえた。


*  *  *  *  *

 カーテンを開けると雪がちらついていた。手早く朝食の準備をして子どもたちを叩き起こす。
「お母さん、ゆうべのカレー余ってたよね。豆の入ったキーマカレー」
「あるよ。食べる?」
草太は自分で冷蔵庫から鍋を取り出し、冷たいカレーをあつあつのご飯にたっぷりのせてかき込み始めた。その様子を見ていた葉子も、そして私もついカレーに手が伸びる。「ゆうべのカレー」は夫も大好物だ。単身赴任が続いて、しばらく食べさせてあげられていない。
私の気持ちを見透かしたようにスマホが振動し、夫からのLINEが届いた。

[転勤決まった]
[来月]
[札幌]
立て続けてに短い言葉が続いたあとに「イェーイ!」と喜ぶクマのスタンプ。
「お父さん、札幌に転勤だって!」
「ほんとに?」
「やったー!」
食卓に拍手が沸き起こった。
「これから引っ越しで忙しくなるわ。とりあえず土曜日にでもお父さんの所に行ってこなくちゃ」
「お母さん、日帰りだと慌ただしいからゆっくり泊まっておいでよ」
葉子が言った。
「私と草太は大丈夫。たまには仕事も家のことも忘れて、お父さんとデートしておいでよ」
「そうだよお母さん、僕もお姉ちゃんのご飯でガマンするからさ」
「こらっ草太!」
子どもたちの成長と気遣いがありがたかった。やさしい家族がいて、好きな仕事ができて、なんだかしみじみ幸せだった。家族のために、自分のために、ずっと元気に働き続けたい。母として妻として、そして女性としてもっと輝きたい。そんな気持ちが湧いてきた。
そうだ、土曜の夜は夫がおいしいと言っていた地元のお寿司屋さんに連れて行ってもらおう。家の片付けを終えたらこの間買ったブルーグレーのワンピースに着替えて、恋人時代に夫が贈ってくれた一粒パールのネックレスを付けて。
うきうきしながら食卓を片付けて、私は習慣になったエクオールのサプリメントを4粒水で流し込んだ。さあ、今日も頑張ろう!

fin
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