episode 7
そして、運命の扉がひらく。

 札幌駅北口の待ち合わせ場所に向かって歩いて行くと、先に来ていた母が私に気づいて手を振った。
 今日はモデルルーム見学の日。たまたま見かけて資料請求した分譲マンションのことを母に話すと「お母さんもモデルルームを見てみたい」というので、一緒に行くことになった。と言うより「ついて来てもらった」という方が正しい。マンション購入を思い立ってからトントン拍子にモデルルーム見学までこぎつけたものの、いざとなると一人で決断するのはやっぱり不安だったのだ。
 札幌駅から現地まで徒歩8分とのことなので、歩いていくことにした。
「駅から歩いて行けるなんて便利ねぇ。これならお母さんも道に迷わずに済むわ」
 母が感心したように言う。
「北都大のすぐそばだから緑も多いし、環境も良いと思うよ」
 母と話しながら歩いているうちに現地に到着。受付で営業マンに迎えられ、席に通されるとドリンクメニューを手渡された。ほどなくコーヒーとお菓子が運ばれ、落ち着いた空間に広がるコーヒーの香りが緊張をやわらげてくれた。一息ついてから来訪カードに記入し、物件の特徴について説明を受ける。

 

「『デュオヴェール札幌北大前』の最大の特長は高い利便性にあります。地下鉄『北12条』駅へ徒歩1分、札幌駅も徒歩圏です」
「ええ、今日も札幌駅から歩いてきたんですよ」
 母が言うと、営業マンがにっこり笑って近隣マップを差し出した。
「アクセスの良さはご体感いただけたようですね。近隣にはカフェなどの飲食店も多いですし、徒歩1分の場所にスーパーマーケットがございます。北都大へは徒歩3分。休日には散策やジョギングも楽しめますし、秋には見事なイチョウ並木を鑑賞できます。大学病院やクリニックも近いので、いざという時にも安心かと。今回ご購入を検討されているのはお嬢さま……でよろしいでしょうか?」
「はい、そうです」
「当物件のコンセプトは『働く女性が輝くマンション』ですから、きっとご希望に添えるお部屋をご紹介できることと思います。中には将来結婚された場合をご心配される方もいらっしゃいますが、当物件のように立地条件の良いマンションは資産としての価値も十分にございます。1LDKと2LDKをご用意していますが、ご希望の間取りはおありですか?」
「当面は一人暮らしなので、広さにそこまでこだわりはないのですが」
「承知しました。ではモデルルームへご案内いたします」
 ついにモデルルームへ!玄関から廊下を抜けると、陽射しが降りそそぐ開放的な空間が広がっていた。
「こちらは東向きのお部屋になります。リビング・ダイニング・キッチンを合わせた広さは約10畳です」
 目線を遮らないカウンターキッチンのためか、広々とした印象だ。椿や桃子、杏子を招いてパーティーをしたら、キッチンで料理しながら会話が弾んで盛り上がることだろう。
「リビング・ダイニングの隣にはベッドスペースをご用意しました。リビング・ダイニングと一続きの空間としても使えますし、ライフスタイルやお好みに応じて仕切ることも可能です」
 ベッドスペースの奥には大きなウォークインクロゼット。今の部屋ではクロゼットに入りきらない洋服はむき出しのパイプハンガーに掛けるか断捨離するかしかなかったけれど、これなら洋服やバッグがたっぷり収納できるに違いない。キッチン側に物入もあるから、日用品の買い置きもできそうだ。
「見て見て楓!水回りも使いやすそうよ」
 母に呼ばれてパウダールームへ。明るく清潔感があり、洗面台も大きくてメイクがしやすそう。リネン庫や吊り戸棚も付いていて収納力も十分だ。お風呂は最新機能付きだし、向かいのトイレには手洗いカウンターも付いている。
「女性が心地よく暮らせるアメニティに配慮しています。水回りに最新の設備が搭載されているのも新築物件ならではのメリットですね」
 あちこち覗いては感嘆の声を上げる母と私に、営業マンがにっこり笑って声を掛けた。
「よろしければご希望の間取りやご予算に応じた住戸のご紹介、資金計画のシミュレーションもいたします」
「お願いします!」
 母と私は同時に叫んだ。
 営業マンの案内で相談ブースへ移動し、私たちは改めて説明を受けた。物件価格は1LDK2,200万円台から、2LDK2,500万円台から。頭金なしで住宅ローンを組んだ場合、月々の返済額は1LDK5.9万円台、2LDK6.7万円台。
「今住んでいるマンションが築25年で家賃6万円だから……」
「毎月の負担はほとんど変わらず、新築マンションを所有していただけることになります。頭金をご用意いただければ返済額はさらに減額できますし、住宅ローン審査も通りやすくなります」
「楓、ここに決めたら?」
 母が言った。
「ずっと頑張って働いてきたんだから、自分のお城を手に入れてもいいじゃない。頭金くらいお母さんが援助してあげるわよ」
その時、マネーセミナーで聞いた言葉が頭をよぎった。
 住宅ローンは借金返済ではない。自分を豊かにする貯金なのだ──。
「……住宅ローン審査の申込み手続きについて教えていただけますか?」

●   ●   ●

 必要書類や印鑑がバッグに入っていることを確認し、私は家を出た。
 無事に審査が通ってようやく迎えた売買契約の日。土曜日だというのにいつもより早く目が覚めてしまったのは、人生最大の契約手続きを前に緊張していたからなのか。
 思えば運命のマンションとの出会いは、駅で元カレ・森戸大地と再会したのがきっかけだった。大地と二人で歩いた街をひとりで歩き、時の流れとともにうつろう街並みを見た時、胸の奥にひっかかっていたわだかまりが消えていった。その時を待っていたかのように、建築中のマンションが目に飛び込んできたのだ。
 私はスマートフォンを取り出し、3日前の不在着信のナンバーを開いた。連絡先リストから消去しても覚えている、大地の電話番号だ。あの時は出るのをためらってしまったけれど、今なら自然体で話せる気がした。
 私、あの街で新しい暮らしを始めるよ。
 そう言ったら、大地はどんなふうに応えるだろう。
 呼び出し音が鳴り始めた。

fin
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小説内に登場するマンションは、実在する物件がモデルになっています。
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