石川啄木という天才歌人の面白さを
もっとたくさんの人に知ってほしい。
北畠 立朴 さん77歳
石川啄木研究家
1941年生まれ、足寄町出身。
高校3年生のときに歌集『一握の砂』を手に取り、啄木の魅力に傾倒。
高校卒業後は、クリーニング店で働きながら独学で啄木研究を続け、2011年から国際啄木会理事、北海道支部長を務める。
港文館や札幌道新文化センターで市民向け講座も行っている。
TALK.01
清濁を併せ持つ
啄木の魅力に惹かれ、約60年
僕が石川啄木を知ったのは、小学校5年生のとき。教室に啄木の歌が飾ってあって、音数が覚えやすくて好きだなと思ったんです。高校3年生のときには歌集『一握の砂』を買いました。そこから啄木の詩や人間味にのめり込んでいったんです。
僕は啄木の研究を続けていますが、人間的に尊敬もしていないし好きでもありません(笑)。そこかしこで借金を重ねて浮気をして遊び呆けて…。けれど啄木は洞察力に優れていて、当時の釧路が道東の拠点になることも見抜いているんです。文章も老成していて、とても22歳の若者が書いたとは思えない。そういった波乱万丈だけでは終わらない魅力があるから面白いし調べごたえがあるんです。特に釧路時代は謎も多く、解明しなくてはならないと思っています。
TALK.02
市民の意識も変わってきた実感抱え、
今年から研究へ一層専念
80歳まであと3年、今年の4月からは今まで以上に研究へ専念しようと考えています。啄木について聞かれた際に資料を探し出す時間も30秒だったものが5分かかってしまっていて、記憶に衰えを感じています。ですから少しずつ釧路で関わった人物の年表など、学会にも発表していない研究結果を『釧路春秋』で書いて行こうと考えています。
釧路や札幌で行っている啄木講座は続けたいですね。札幌の道新文化センターの講座はもう10年、常連の受講者も多く毎回違う話を心掛けています。毎年関わっている「啄木・雪あかりの町・くしろ」も全道や全国からの来場者も増えてきました。
「啄木ってこんなにすごい人だったんだ」という声も聞かれて、ようやく市民の意識も変わってきたと感じています。
TALK.03
人生の先輩から
若者たちへのメッセージ
僕は9年前から国際啄木会の理事をいただいていますが、啄木研究における今までの理事は全員大学の教授だったんです。啄木に関する資料は他と比べて値段が高いですし、高校しか出てない僕は異色の就任でした。しかし「学者なんかに負けてたまるか」という反骨精神で続けてきたんです。
やはり周囲に理解できないほど熱中して研究を継続して一人前。そうでなければ何も変えられない、何の影響も与えられないということなんでしょうね。
私の新聞活用術
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小さな囲み記事こそ 稀有な情報かつ記者の 違いが感じられる
僕は新聞を読む際、大きい見出しの記事はテレビでも紹介されることが多いのであまり読まないんです。ページの下の方で紹介されている囲み記事を特に読んでいます。 例えば卓上四季や朝の食卓などです。短い文章ですが、記者ごとにとらえ方や感じ方が違って面白いですね。また小さな記事はここにしか載っていない情報なので、必ず目を通すようにしています。
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調査や人物紹介の 記事に見る 記者の書き方の違い
釧路啄木会の会員でもある、北海道新聞の報道部にいた黒川伸一記者の記事は楽しみにしていました。事件ではない調査の記事は新聞記者の力量を感じます。 人物紹介記事は僕自身も何度か載ったことがあるんですが、記者によって僕自身の書き方が違っていて面白いですね。