―TETSUYAさんが所長を務める「EXILEパフォーマンス研究所」を設立されたいきさつをお聞かせください。
TETSUYAきっかけは、2011年に始めた「月刊EXILE」の企画。もともと自分がEXILEの一員としてパフォーマーになり、TVやライブなどの活動を続けるうちに、メンバー14人のさまざまな思いを感じ取り、よりEXILEの色を濃くするにはどうするべきか、自分にできることはパフォーマンス力を上げることかなと考え、「EXILEパフォーマンス研究所」を起ち上げました。世界中でEXILEほど恵まれた環境で活動しているダンサー集団はいないと常々思っていて、その経験、パフォーマンスのすべてをデータとして蓄積して、未来の子どもたちに伝えたいという思いから始めたのです。
―「EXILEパフォーマンス研究所」は、どのような活動を行っていますか?
TETSUYAまず、自分も勉強するつもりで、いろいろな方と対談することから始めました。自分の主なテーマとして「食息動考」を掲げているのですが、食べること、息をすること、動くこと、考えること—この4つのテーマを多角的に捉え、さまざまなスペシャリストの方々のお話を伺います。呼吸の先生、詩人の先生、なでしこジャパンの専属トレーナーの方…など、そういう方々と対談することによりEXILEパフォーマンスに何がプラスできるのか、情報を自分の中にインプットし、一通り実践し、自分が被験者になってデータ化するのです。例えば、ライブ中の心拍数などを計測し、パフォーマンス中に何が起こっているのかをデータ化した上で、食べるものは何にするか、睡眠をどうすればいいのかなどを探る。そこで得たものを自分なりに吸収・消化した後、EXPGにカリキュラムとしてアウトプットするのです。
―アウトプットはどのようなカタチで行われますか?
TETSUYA自分がやってきたこと、勉強してきた知識、あるいはEXILEのメンバーの思い、HIROさんがつくってきたEXILEの歴史など、自分の知っていることをEXPGの子どもたちにそのままアウトプットすることがいちばん大事だと思っています。
―そのアウトプットが「TETSUYA’Sカリキュラム」なのでしょうか?
TETSUYAそうですね。ダンスを教えるという技術的なことは、日頃EXPGの先生たちや海外からきた先生たちが教えていると思うので、では自分がダンスの技術にプラス何を教えられるのかと考えたら、いままで培ってきたものですよね。例えば、EXILEで行われているトレーニング方法やウォーミングアップ方法、心拍数を計り自分の身体を知ること、舞台の稽古で経験したマット運動。あとは座学的に自分の夢をスピーチし、最後にグループ別に振りをつくらせて発表させる。それらがカリキュラムの主な内容です。
―カリキュラムを通じて生徒に学んでほしいことは何ですか?
TETSUYAよりよいパフォーマンスを学ぶのはもちろん、ダンスを通じて何かひとつ自分のことを知って、キラキラ輝く瞬間を体験してほしいですね。全国のEXPGを回っていると、自分の言った一言で目がキラキラ輝く子がいたりする。そういう瞬間に立ち会ったとき、このカリキュラムをやってきてよかったなと思います。ひとりでも多く何か感じてもらえたら、自分がやっている意味もある。みんなのためになったらうれしいなと思いますね。
―カリキュラムの中で夢を色紙に書くというプロセスがありますが、夢を持つこと、目標を持つことの大切さについてお聞かせください。
TETSUYA実際は、夢とか目標とか明確になっていない子の方が多いと思うんですけど、でもみんな何かを求めてEXPGに来ていると思う。もちろん夢や目標が明確になっている子もいるし、それは人それぞれですけど、夢や目標を持つことで何かひとつ壁を乗り越えたり、ぼくに話をすることで破られなかった殻が破れたり、そういう瞬間に立ち会えたらいいなと思います。自分で夢や目標を口にすることで、責任感も出てくるんですよ。自分の思いを責任持って人前で話すことは、とても大事なことだと思います。
―ぼんやりしていた思いが、言葉にすることで明確になるということでしょうか?
TETSUYAその瞬間が楽しいなと思います。ぼくも以前「EXILEみたいになりたいな」と思っていましたが、「EXILEになりたいな」と思った瞬間に何か自分の中で吹っ切れた感じがしたものです。自分の体験談と照らし合わせると、思いを口にするのはよいことだと思い、子どもたちにやらせているのです。
―平成24年から中学校の保健体育でダンスが必修化されましたが、そのことについてどのようにお考えですか?
TETSUYAダンスが学校の授業に導入されたのは時代の流れだとも思いますし、だからこそこんな時代に自分が果たせる役割は何だろうと本気で考え始めたのです。ダンスの必修化は、パフォーマンス研究所をつくったきっかけになったとも言えます。
―ダンスが必修化された背景はどういうことが考えられますか?
TETSUYAダンサー人口が急増したことは大きいと思いますが、ぼくはダンスを誰でも楽しめるスポーツだと思うんです。ぼくらはエンターテインメントとしてやっていますが、スポーツ的観点としてもダンスには可能性があると思います。
―ダンスを通して、精神面や身体面で期待できることは何ですか?
TETSUYA例えば、いちばん単純なダンスは何だと思いますか?答えは、ジャンプです。音に合わせてジャンプして、辛い顔をする人っていないんですよ。みんな楽しい顔をする。呼吸の先生と対談したときに聞いた話ですけど、呼吸と感情のグラフって全部一致するらしいですね。気持ちがネガティブなときには浅い呼吸になり、リラックスしているときには深い呼吸をしているというのです。心拍数が上がって呼吸が激しくなってくるとき、人はポジティブな感情になる。さらにダンスは音楽も伴うので、楽しくなってみんな笑顔になる。ダンスや音楽には、そういう力が確実にあるんだろうなと思います。
―身体的な効果はいかがですか?
TETSUYAダンスは筋トレにもなるし、持久力も高まる。身体を分節的に動かす練習にもなるし、頭を使ってどこをどう動かすか、ポージングなど、自分の身体を自分でコントロールできるようになる。頭の回転も間違いなく速くなります。
―学校の授業やTETSUYAさんのカリキュラムなど、ダンスを通して子どもたちに感じてほしいことは何ですか?
TETSUYAダンスに触れた瞬間は、ダンサーになる瞬間でもあります。その後ダンスを辞めてもいいし、結婚しても違う仕事をしてもいいけど、「ダンスと出会ったから今の自分は幸せに生きていられる」と思えるきっかけになればいいなと思います。EXPGにはEXILEになりたい、E-Girlsになりたいという子がいますが、その子たちの夢が変わってもいいと思うけど、明確な目標があるならそれに向かってダンスを頑張ってほしいなと思います。
―パフォーマーの育成という点で、子どもたちに望むことはなんですか?
TETSUYA祈りのあるパフォーマーになってほしいです。僕は自分の踊りには願いや祈りを求めて踊っているので、そういうパフォーマーが出てきてくれればいいなと。この間プライベートでフィギュアスケートを観に行ったんですけど、今からトリプルアクセルするという瞬間、成功を祈るじゃないですか。あのパワーってすごいなと思うんです。EXILEのパフォーマンスにも祈りの瞬間があって、そのときみんながグッと結束する。それを出演者、スタッフ、ファンのみなさんが全員で共有するとき、祈りが通じ合う瞬間、心はワクワクします。
―TETSUYAさんがダンサーを志したのはいつ頃ですか?
TETSUYA14年前、19歳の頃。地元の先輩にハンドウェーブを見せてもらったのがきっかけです。見た瞬間「これはモテる!」と(笑)。始めたときは独学で、その先輩にも習いましたが、その後地元のもっといい先生に付いて習っていて、東京の「ハーレム」というクラブに連れていってもらったことがあるんです。初めて入ったそのときたまたまショータイムをやっていて、最後に出てきたのが初代J Soul Brothersだったんですよ。うわぁーっと思って、それが20歳くらいのとき。いまこうして一緒に踊っていることに不思議な縁を感じます。
―ダンサーを志したときからプロになろうと思っていましたか?
TETSUYAいや、まったく思っていませんでした。そのとき就職もしていましたし。でも次第にもしかしたら、という兆しが見えてきて、仕事を辞めてダンス一本になりました。ダンスを始めて3年目くらいかな。ダンスに強く惹かれたということを先生に相談したんです。そのとき自分の考えは間違っていないと感じて、これはいけると。浅はかですが、翌日職場に「辞めます」と伝えました。
―その頃EXILEに入りたいと思っていましたか?
TETSUYAそんなこと思いもよりませんでした。クラブでただ目立ちたい一心で。まず先生とかバックダンサーになれればという気持ちでした。
―EXILEに参加したいきさつは何ですか?
TETSUYA2004年にEXILEとミュージカルをやったんですよ。そのときAKIRAに呼ばれて、サポートダンサーをやらせてもらい、「EXILEすげえな、自分もああなりたいな」と思い始めて、翌年からそういう観点で活動を始めて、2007年に二代目J Soul Brothersに参加。その頃「EXILEみたいになりたい」から「EXILEになりたい」へ変わっていきました。HIROさんほか先輩たちと距離が縮まるほどそう感じるようになって、自分の考え方も変わっていったのです。
―EXILEに加入して人生も大きく変わったと思いますが。
TETSUYA親も変わりましたね。心配とうれしさと、いろんな感情が入り混じっているのが印象的でした。自分も変わったと思うんですけど、入った当初のことは必死過ぎてあまり覚えてないんです。いつのまにか紅白の舞台に立って、レコ大獲って…時速300キロの新幹線に飛び乗ったみたいで、まわりの景色が全然見えてなかったですね。でも3年くらいたつとその速度に慣れてきて、「あ、だから立てたんだ、こうなったんだ」と思えてきた。その頃、EXILEとしての自分とは何なんだろうと考え始めて、パフォーマンス研究所という答えに辿り着いたのです。
―では、TETSUYAさんにとって、未来を育むとは何ですか?
TETSUYA急に花は咲かない。まず土を耕すことから、といつも心がけています。それが未来につながると思うので。僕は飛び級できると思わないし、天才じゃなく努力する人間だと思うので、一歩一歩無駄だと思わずに、一段の階段を濃くすることを心がけて昇っていきたいなと思っています。パフォーマンス研究所もそのひとつです。
―最後に、TETSUYAさんの未来計画をお聞かせください。
TETSUYAダンスがスポーツとして認められて、五輪競技になったらいいなと思います。何年かかるかわからないけど、日本代表のチーム名が「EXILE」で、金メダルを獲る瞬間をおじいちゃんになった監督として見られたらいいな。「あのおじいちゃん、かっこいいね」「昔EXILEだったらしいよ」なんて言われたりして…そんな将来、素敵ですね。五輪競技にするなら、やることはいっぱいあるはず。栄養指導とかテキスト作りとか、やりがいはありますね。EXPGの先生も全国にたくさんいますし、助けてくれる人はいっぱいいる。できないことじゃないと思います。死ぬまでにはそんな景色を見たいですね。